アンコール

テレンス・スタンプといえば『コレクター』や『テオレマ』あたりが有名なんだろうけど、俺にとってはクリストファー・リーヴ版『スーパーマン』のゾッド将軍役が印象深いです。
ここではゾッド将軍程怖くはないものの、頑固で偏屈な老人を演じている。そして、この映画は完全に彼によって成り立っている映画です。
彼が演じるアーサーは、偏屈な上に、素直に謝ることも出来ない。昭和一桁生まれの頑固親父を想像すると、日本人にもわかりやすいかもしれない。
だから妻とも息子ジェームズ(クリストファー・エクルストン)ともまともに向き合うことはしない。いや、できない。
マリオンはそういう彼だとわかって結婚しているし、彼をそっくりそのまま受入れることができるが、息子となればそうはいかない。
マリオンに言われ和解しようと息子の家まで出向くが、「もう遅いよ」と言われてしまう。
何となくわかるなあ。男同士の親子って、こういう部分が少なからずあるよね。俺の場合、親父とまともに話ができるようになったのは30を過ぎてからだもの。
で、“子は鎹”と言うけれど、二人を取り持つことになるのがジェームズの娘。アーサーとジェームズの仲を、彼女なりに心配している。
コーラスの連中がコメディ部分を受け持って、アーサー家族が家族について考えさせる。ベタな展開ではあるが、良質なホームドラマに仕上がっています。

アンコール

インポッシブル

2004年のスマトラ島沖地震に遭遇した家族の実話を基にした映画とのことです。 
津波の後、家族はマリアと長男のトーマス(トム・ホランド)、ヘンリーと次男・三男のトーマス(サミュエル・ジョスリン)、サイモン(オークリー・ぺンダーガスト)の二手に別れてしまう。
しかもマリアは、足の怪我が悪化して容態が段々悪くなっていきます。 
まあ、この家族は助かることがわかってこっちは観ているのだが、それってどうなのよと思います。 
特にマリアを救助するとき、現地の人々が助け合いながら病院へ運ぶシーンがあるが、彼らだって家族や仲間を失った人達が大勢いるはず。そういう視点が、最初から最後まで抜けていた。飽くまでも白人社会の中だけで起こった出来事に矮小化しています。 
勿論、物語の焦点を絞るという意図はあったのだろう。しかし、犠牲者や遺族に対する配慮が、ここでは残念ながら感じられない。 
ユアン・マクレガーもナオミ・ワッツも好きな俳優だけに、尚更残念です。 
予告でこの2人が「希望、勇気、家族の愛について問い掛ける物語で、被災者の方々への大きな敬意を示した作品です」と語っているが、果たしてそうはなっているか。 
題名の“インポッシブル”とは、避難所で星を見ているトーマスに語りかける老婆(ジェラルディン・チャップリン)の言葉にあった。 
老「この星たちの中には、もう死んでいる星もあるのよ」 
ト「どれが死んでいる星かわかる?」 
老「それはわからない(知ることは不可能だ)」ということだろう。 
この会話だけを取り上げれば、何となく寓意に満ちたものだと思えます。

インポッシブル

ワールド・ウォーZ

遂にブラピまでがゾンビ映画に。
ゾンビ映画は一部にカルト的ファンがいるけれど、決して大勢にはなれず、映画としてはB級のものです。
しかも(これは想像だが)企画が無くなってそれしか思い浮かばなかったという形でしか生き残ってこれなかった。
それが最近は、ミラ・ジョヴォヴィッチやサラ・ポーリー、デニス・ホッパーといった世界的に名前の売れている俳優までがこのジャンルに進出するようになり、製作費もかなりつくようになった。ジャンルとして確立した感はある。
さて、映画の方は。
ジェリーが、おそらく娘たちを学校に送りに行くところだろう、親子4人で車を走らせているところ、大渋滞に巻き込まれます。
何事かと様子を見ていると、ゾンビが人々を襲い始めていることがわかる。
いつも思うんだけど、こういうときここでもそうなのだが、渋滞なのに主人公の車だけはすいすい逃げられる。そんなのある訳ないだろう。
ジェリーはウイルスの感染原因を突き止めようと、韓国からイスラエル、イギリスへと飛ぶ。
感染原因を探るはずが、お決まりのように話はゾンビとの追いかけっこに収斂されていく。そして原因を突き止めることは、いつの間にか対症療法へと変わっていく。
それは、ある種のワクチンを打つことによってゾンビが避けていくという都合のよさ。
そして、戦いはこれから始まるのだと言って映画は終わる。
ただ、ここでは家族や仲間がゾンビになってしまってという葛藤は、完全に無視されている。
ジェリーの家族のことは、家族愛だとかいう描き方をしているが、他人に関してはその痛みの欠片も感じさせない作り。
アメリカの本性がよくわかる映画です。

ワールド・ウォーZ

パシフィック・リム

芦田愛菜の、記念すべきハリウッドデビュー作です。
というのは大袈裟だな。
日本では彼女の演技力に、監督をはじめとしてスタッフが舌を巻いたとの報道があったが。
ま、それはおいといて。
こういう映画は、ストーリーなんて誰でもわかるし、あとはアクションを楽しむだけ。
冒頭で怪獣の説明があったのには驚いた。ちゃんとローマ字で“Kaiju”とあったもんな。劇中でも出演者は「カイジュー」「カイジュー」と叫びまくっている。
「カイジュー」は世界共通語になったのか?モンスターとの違いはどうなんだろう?
内容については、40年以上も前から日本のテレビでやってきたことばかり。
ただ、怪獣についてはそれ以前にも映画でゴジラがいたし(ハリウッドではそれよりも前にキングコングがいた)、宇宙人の侵略についても傑作『宇宙戦争』をはじめとした作品群はあった。
しかしここでのプロットは、かつての日本の少年を熱狂させてきたドラマによるものが多いと思う。
まず謎の侵略者が怪獣を使って地球を襲うというのはウルトラセブンだし、人間が操縦するロボットが人間の動きに連動するというのはジャンボーグA。
二人で一つのヒーローという形はバロム1で、それが男と女という組合せならばウルトラマンA。そしてパイロットが心を合わせなければならないという設定はゲッターロボだ。
闘い方も、最初は殴る蹴るだけで応戦していて、最後にようやく必殺技を繰り出すという流れもそれに沿ったものだし、途中曲げた肘からエンジン出力しエルボーロケットという技を出すが、腕が飛ばないだけでマジンガーZのロケットパンチと考え方に変わりは無い。

パシフィック・リム